今の所、これほど聞き応えのあるミニアルバムを僕は知らない。
「FAIL BOX」は、収録曲6曲、収録時間26分と短いながら、当時の奥田民生の喜怒哀楽が詰まった傑作ミニアルバムと言える。

「FAIL BOX」というタイトルについて
この「FAIL BOX」というタイトル、直訳すると「失敗箱」。何か意味深なメッセージが込められているのかと思えばそうでもない。制作メンバーが口癖を言ったら罰金というゲームが行われており、その罰金を入れる箱としてドラムが使われたとのこと。その状況はそのままジャケット写真として使われている。
奥田民生の作品名には、その時に制作メンバー内で流行っていた言葉など、ほぼ仮タイトルのような状態のものが採用されることが多く、「FAIL BOX」に関しても例外ではないようだ。
意味深なタイトルじゃなくてなぜかほっとした。

1997年
「FAIL BOX」が発表された1997年の奥田民生がどんな感じだったかというと、1996年に「イージューライダー」が大ヒットし、プロデュースを手がけるPUFFYが社会現象になるほどの大ヒット、メガヒットの時代に確固たる存在感を築いていた中、満を持して自らの名義でリリースされたのがこの「FAIL BOX」だった。
思えば、「イージューライダー」直後のアルバムだっただけに、当然収録されるだろうと思っていたがその期待を外された(結局心待ちにしていたイージューライダーのアルバム収録は、その後2001年の「CAR SONG OF THE TEARS」まで引っ張られることとなる)。
だが、その期待外れはこのアルバムを聴いた瞬間にポジティブな方向に裏切られることとなる。
洋楽っぽいサウンド
サウンドは、ニューヨークでのレコーディング、Joe Blaneyによるプロデュース、バンドメンバーはSteve Jordanなどの海外の超大物であることから、「洋楽っぽい」と評される記事をよく見るが、残念ながら僕には、日本語で歌う民生の声や、おそらく民生のレスポールだろうというギターソロの音から、洋楽っぽさを聴き分ける感性が持ち合わせていない。
後年の「股旅」からGOZ(日本人バンド)がレコーディングメンバーとなっていくが、GOZの激しさと比べて、音に繊細さは感じ取ることはできる。
洋楽っぽさをわかりやすく感じる曲といえば、「ロボッチ」だろう。オーソドックスなブルースになっていて、ブルースギターを弾きたいというギター小僧はこの曲を練習すれば大体のブルースは弾けるようになるはずだ。
歌詞
歌詞を読んでみると、「カナダ」→「叶った」(カヌー)や「有能可能かのう」→「おっさんギャグかよう」(MILLEN BOX)など、どの曲にも「韻」がふんだんに盛り込まれていることがわかる(余談だが、「有能」は洋楽っぽく聴こえるように「you know」とかけているのか?)。
ひとつ前に、はっぴいえんどの「日本語ロック論争」について取り上げたが、日本語でロックを歌うというお題に対してはっぴぃえんどが出した答えは擬音だった。
一方、奥田民生は「韻を踏む」という形で答えを出している。
70年代のはっぴぃえんど、90年代の奥田民生と、日本語でロックを歌うという課題に向き合うソングライターの時代ごとの変遷が見えて面白い。
歌詞の内容はというと、どういう心境で書かれたのか、そのワードが何を象徴しているのか、今読んでも難解だと感じる部分がある。もはや伝わるような歌詞を放棄している。
ただ、断片的に繰り出される言葉の連続と曲のアレンジの雰囲気から、「なんとなく」伝わってくる。一番の狙いはそこにあるかもしれない。
リスナーは奥田民生の歌詞の不足している情報を、それぞれの人生経験から補填して解釈しようとするので、リスナーの人数分だけ解釈が生まれる。奥田民生の歌詞を評価する記事や、歌詞について語るインタビューをあまり見ないのは、解釈は全てリスナーに委ねているからかもしれない。
当時若干31歳だったと思うが、この境地に達していることにただひたすら脱帽するであった。

