
【収録曲】
Side One
SGT.PEPPERS LONELY HEARTS CLUB BAND
A LITTLE HELP FROM MY FRIENDS
LUCY IN THE SKY WITH DIAMONDS
GETTING BETTER
FIXING A HOLE
SHE’S LEAVING HOME
BEING FOR THE BENEFIT OF MR.KITE!
Side Two
WITHIN YOU WITHOUT YOU
WHEN I’M SIXTY-FOUR
LOVELY RITA
GOOD MORNING,GOOD MORNING
SGT.PEPPERS LONELY HEARTS CLUB BAND(Reprise)
A DAY IN THE LIFE
【クレジット】
Recording produced by George Martin.
Cover by M C Productions and The Apple
staged by Peter Blake and Jann Haworth
photographed by Michael Cooper
Wax figures by Madame Tussauds
A splendid time is guaranteed for all

【音がカラフル】
これまでの人生において、これほど「色彩を感じる音」を経験したことがない。
現代の音楽の方が圧倒的に音数は多いというのに、1967年にリリースされたこのアルバムに収録されている豊富な音のバリエーションに、ジャケットの派手さが視覚を刺激していることも相まってカラフルさを感じるのである。
その正体は何かと調べてみたところ、面白いことわかった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド
録音に際して、当初は1台の4トラック・レコーダーでのピンポン録音(バウンス・ダウン)を行い、追加録音が必要な場合には、2台目のレコーダーを使って、録音されたトラックの音を移し変えて制作していった。作業途中で4トラック・レコーダーを2台同期させて録音する手法が考案され、事実上7トラックの録音が可能となった。
ビートルズが8トラックのレコーダーを導入したのは、これより後のことだという。
録音技術の進歩の不足を工夫とアイデアでイメージする音を生み出した結果、あの不思議なリバーブが生まれ、それを「色彩」と錯覚したのかも知れない。
【コンセプトアルバムの代表作】
「Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band」は、1950年代ごろに始まった、ミュージシャンがアルバムを「作品化」するコンセプトアルバムの潮流の初期の代表作として知られている。
コンセプトアルバムとは、一貫して一つのテーマに沿った曲を、曲順にも意味を持たせ、オーケストラの楽章のように繋げることによって、物語性を含んだアルバムのことである。
このアルバムのコンセプトは、「Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band」という架空のバンドのライブを、オープニングからアンコールまでの様子を収録したという設定になっている。
当時のビートルズは、コンサートをやっても歓声で音がかき消されて楽しくないゆえの公演活動の終了、ジョン・レノンが、「ビートルズはイエス・キリストより人気がある」と発言し炎上、日本武道館でコンサートを行うことに対する抗議殺到、など、メンバー自身が名の売れすぎたビートルズであることに疲れていたことが背景にあるかも知れない。
【ナガサワさ〜ん】
アルバムのエンディング曲「A DAY IN THE LIFE」が終わったあと、「ナガサワさ〜ん」という声を含む謎の音が、CDとサブスク音源では11回ループしたのち、フェードアウトする。
後に僕がレコードを聴くようになって、このアルバムを聴いた時にはこの謎の音が1回鳴った後、針が戻った。
これがどういうことなのかCD世代の僕には全くわからなかったが、レコード針が円盤の内側にくると数秒前まで針が跳ね返り、また円盤の内側に向かって針が進んでいく「ランアウト・グルーヴ」という特徴を逆手に取ったギミックであることがわかった。
おそらく古いレコードプレーヤーで聴けば、この現象をアナログで体験できたであろうが、僕が使用しているレコードプレーヤーはボタンを押せば自動的円盤の端に針を落としてくれ、針が円盤の内側に達したら自動的に針が戻ってくれる仕様のものであるため、今の今までこの謎の音に込められたギミックに気づくことができなかった。
実に残念。
【SGT.PEPPERS LONELY HEARTS CLUB BANDリリース周辺史】
1965年12月
最後のイギリスツアー
1966年6月30日から7月2日
日本公演
1966年7月
ジョン・レノンによるキリスト発言により大炎上
1966年8月5日
『リボルバー』発売
1966年8月
公演活動を終了。メンバーが充電期間に入る。この期間にジョージがシタールの練習を始める。
1966年11月
ポールが本アルバムの原案を思いつく
1966年11月24日
「SGT.PEPPERS LONELY HEARTS CLUB BAND」制作開始
1967年5月12日
一部の楽曲がラジオオンエア解禁
1967年5月26日
「SGT.PEPPERS LONELY HEARTS CLUB BAND」発売

【最後に】
2018年11月、ポール・マッカートニーが来日。東京ドームと日本武道館で公演を行った。
ボールは当時としても70代。今のうちに見ておこうと思い、ドームのチケットを獲得。意外に簡単に取れた。
仙台から高速バスで5時間半、公演を見た後すぐに新宿に戻りバスに乗ってまた5時間半で仙台という弾丸ツアーとなったが、その日のセットリストで、「SGT.PEPPERS LONELY HEARTS CLUB BAND(Reprise)」をしかと聴くことができた。
それにしても東京ドームのスタンド最後列から聴こえた音は「隣町で祭りやってんな」レベルだったが。
