Pink Floyd/Atom Heart Mother(原子心母)

レコード


年に4度ほど催される中古レコード市で発見した名盤。
帯はついていないため、2,880円という、安価で手に入れることができた。
帯がついていれば万単位の市場価格だという。これだけの名盤がこんなにお手頃価格で買えるのであれば、今回のディグとしては十分な収穫と言える。
※本当は「狂気」が5,000円以内で買えれば嬉しいが、1万円を超える高値のためなかなか手が出ない。

作った当人たちが酷評する「迷盤」

それにしてもインパクトのあるジャケットだ。
このアルバムは以前(20年ぐらい前に初めて聴いた)から知っていたが、何で牛なのか、何で「原子心母」なんていう威圧感のある邦題がついているかなんて考えたこともなかった。しかもリードトラックの「Atom Heart Mother」は23:42という異常な長さでA面を丸々覆い尽くしている。
時代背景や予備知識のない私のような人間が、なぜこんなものが作られたのかを想像しながら手に取り、再生ボタンを押させただけでもこのアルバムは十分にその役割を果たしているのかもしれない。
というのも、リリースされた1970年当時は、本国イギリスでもあまり良い評価ではなく、当事者であるメンバーたちですら黒歴史扱いしている様である。
さらに、リードトラックの「Atom Heart Mother」に至っては、アレンジのほとんどを外部の前衛音楽家(ロン・ギーシン)に外注して大幅に味付けされたものであるとあって、このアルバムについて調べれば調べるほど、知れば知るほど興醒めしてしまう始末だ。

それでいて、サウンドは、ドラム、ベース、ギター、キーボードのロックサウンドを軸に、当時としては珍しいといわれるクラシックのオーケストラが融合し、いかにも壮大な音楽に仕上がっており、後世の音楽シーンに影響を与えたと言っていいことは間違いないはずだ。

J-POPへの影響

日本人リスナーはステルス的にピンク・フロイドを浴びている。
J-POPのビッグネームというべき人たちがこぞってピンク・フロイドに影響されていることを匂わせている。

例えば桑田佳祐。
自身のラジオ番組「桑田佳祐のやさしい夜遊び」のオープニング曲として2011年までは「Atom Heart Mother」が採用されていた。
「Atom Heart Mother」の圧倒的なサウンドをバックに、放送作家が書き上げたであろう原稿を桑田佳祐が独特の語り口で読み上げていたのを記憶している。

ミスチルもそうだ。
4thアルバムのタイトル「Atomic Heart」は「Atom Heart Mother」からの模倣であることは言うまでもあるまい。
5thアルバム「深海」ではサウンドが顕著に影響を受けていて、アルバムのオープニングが「狂気」の中の「On the Run」のシンセサイザーの音を取り入れている。
記憶が定かではないが、この時期の何かの冊子で、小林武史がピンク・フロイドの影響を受けている旨の発言があり、僕自身、これがピンク・フロイドを知るきっかけとなった。

さらにはミスチルのアートワークにもピンク・フロイドの影響が見える。

上がピンク・フロイド「狂気」のジャケット、下がミスチル18thアルバム「Refrection」のアートワークの一部だ。
一目瞭然で模倣っぷりが伝わるだろう。

なぜこんな曲が生まれたんだろう

なぜ「Atom Heart Mother」のような曲が生まれたんだろう。
メンバーの基本トラックのセッション(「The Amazing Pudding」という仮タイトル)に対し、オリジナルメンバーではこれ以上の展開は不可能との判断から、前衛音楽家、ロン・ギーシンに映画音楽っぽく仕上げてほしいと発注。オーケストラとコーラスがオーバーダビングされたのが制作の経緯だと言う。
「Atom Heart Mother」について、様々な記事を読み漁ったが、曲が出来上がった経緯は上記のようなテクニカルな制作背景しか語られておらず、何か明確なコンセプトを持って制作されたというよりは、セッションと後付けのオーバーダビングによって生まれた結果論的な産物のようである。
私は長年にわたって、ミュージシャンの生態というものを追いかけてきているが、音楽が生まれる背景というのはあくまで、「イメージした音を具現化したい」とか「ただこの音の韻を踏みたい」と言う純粋な創作欲求から生まれることもあるようで、表現したい主題やメッセージは特にない(もしくは後付け)というのはよくある話だ。

でも、この時代(1970年)の空気を吸った、独特なサウンドである事には間違いないはずだ。何でこういうサウンドになったのか、製作者のメッセージは何か、製作者当人たちはあまり饒舌に語らないものだ。私だって自分の事はうまく語れない。だから、彼らの深層心理では何が起こっていたんだろう、ということをここから私の自由な発想で考えてみたい。

長い演奏時間

まず、演奏時間23:42という曲の長さである。
1970年当時、「タイアップ」という言葉はなかった。一部、ドラマ・映画・CMのために楽曲を制作してヒットした事例はあるようだが、この時はまだ音楽を映画やCMに合わせて流したら人気が出た、という偶発的な結果であり、音楽を売る戦力的手法としては定着はしていなかった。そのため、近年のように楽曲をTVサイズや、CMサイズの時間にまとめた作り方をする必要がなかったことが一因として考えられる。
他方、ピンク・フロイドのメンバーにはジャズとクラシックに造詣が深いことも影響している。
ジャズやクラシックの楽曲は長時間にわたる楽曲が多い。
クラシックでは1曲2時間といった曲は珍しくない。それどころか24時間も続く曲があると言われたり、挙句1曲が639年で未だ演奏が終わっていないと言われている曲まであるらしい。
なんかピンク・フロイドが可愛く見えてきた。
メンバーの音楽のルーツを辿っていくと、キーボードのリチャード・ライトはクラシック音楽の教育を受けており、ギタリストのデヴィッド・ギルモアは、マイルス・デイビスの名盤『Kind of Blue』における「引き算の美学(音を詰め込まず、空間を活かす即興)」に深く影響を受けたと公言している(「Kind of Blue」の収録曲も10分前後と長い)。
だから、演奏時間が長くなるという発想そのものは彼らにとってはごく自然のことなのだろう。
※ちなみに、1975年リリースのQueen「ボヘミアン・ラプソディ」は5:55で「長すぎる」と言われていた。

このように、「タイアップの概念が定着していない時代背景」、「メンバーの音楽的ルーツ」が曲の長さに影響しているのだろうと思う。

銃声・爆弾の音

楽章ごとのタイトルを見ると、「父の叫び」とか、「むかつくばかりの肥満」といった、仮タイトルがそのまま採用されたような理解不能な謎タイトルが付けられている。
私が違和感を覚えたのは、曲中の序盤に挿入されている銃声と爆弾のSEだ。
この音を聞くと否が応でも戦争を想起させられてしまう。これはアレンジの外注を受けたロン・ギーシンのアイデアだという。
インタビューで語られていた理由は「映画音楽のようなドラマチックな展開にしたかったから」ということらしい。
しかし、ロン・ギーシンの生い立ちを辿ると、スコットランドの生家では当時、第二次世界大戦の戦禍にあり、常に爆撃に怯える時期があったという。
ピンク・フロイドメンバーのロジャー・ウォータースもまた、父親を戦争で亡くしており、「戦争」というものを身近なところに体感した人物である。
そんな人物が何の意図もなしに銃声と爆弾のSEを挿入し(ギーシン)、それを了承してリリースに踏み切る(ウォータース)だろうか。

言葉にならないコーラス

第3楽章「マザー・フォア」の部分で、言語という言語とも言えない、不思議なコーラスが入る。初めて聞いた時はインドネシアのバリ島に伝わる、楽器を使わず人声だけでリズムを刻む男声合唱および舞踊劇、ケチャではないかと思った。
曲の展開としてはここで初めて人の声が入ることにより、テイストが一気に有機的な、生物的なオーラに包まれる。私はここで生命の誕生を思い浮かべた。
最終楽章では、「再生」というタイトルのもとで再び序盤の部分が再びループしてエンディングに向かっていく。

破壊→生命の誕生→発展→再生のループ?

アルバム「Atom Heart Mother」がリリースされる直前、すなわち制作された時期と重なるであろう、1965年から1970年までの世界での出来事を調べてみた。人類の月面着陸、世界初の心臓移植の成功(「Atom Heart Mother」のタイトルの由来となっている)といった科学技術の目覚ましい発展と、その反面では1960年代のベトナム戦争の激化、という激動の時代であったようだ。
※ちなみに日本では1970年に大阪万博が開催され、ロン・ギーシンはイギリス館で流れる館内音楽の制作を担当していた。

こうした歴史的事実や生い立ちがメンバーの深層心理に影響し、「Atom Heart Mother(原子心母)」という作品を制作するに至ったとのではないかと私なりに思う。
この長い曲の中で、破壊、生命の誕生、発展、再生を繰り返し(ループ)ている様を音楽で表現しているように私には聞こえている。

終わりに

以上、「原子心母」という楽曲について考えてみた。
実験的な試みの結果、初めて商業的成功を収めた「名盤」と言えるが、自分らのセッションに限界を感じ、アレンジを外注したこと然り、メンバー自身が酷評しており、評論家の間でも意見が分かれる「迷盤」でもある。
しかしながら、リリースから半世紀以上経過しているにも関わらず、インパクトがあるジャケットと、今の感覚で聴いても何か超越したセンスが感じられることに変わりはない。B面については今回語れなかったが、B面もすごい。
聴けばなんかすごいことが感じられる作品なので、これから聴く新規リスナーにとっても、メンバーが酷評した背景などわからなければ関係なく素晴らしい曲として聴ける。
やはりジャケットを見て再生ボタンを押し、「え、なんで?」と思わせている時点でこのアルバムは成功なのである。

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